20年続けても、上手くならないことがある
書道を通してあらためて感じた、「時間」の大切さ
先日、私自身が通っている書道教室のお稽古で、先生がこんなお話をしてくださいました。
「もう20年も通っているのに、全然うまくならない」
そう話していた生徒さんがいたそうです。
20年。
この数字だけ聞くと、思わず「すごいな」と感じます。
20年も一つのことを続けているなんて、それだけで十分立派なことのように思えます。
しかし、その方は月に2回、1回2時間のお稽古に通っているだけで、教室の外ではほとんど筆を持っていなかったそうです。
月2回、2時間。
つまり、1か月で4時間。
1年で48時間。
20年続けても、合計は960時間です。
日数に直すと、40日。
「20年もやっている」と聞くと、長い年月の重みを感じます。
でも、純粋に“筆を持っていた時間”だけを見ると、実は40日ほどしかない。
この話を聞いたとき、私は「なるほどな」と腑に落ちました。
20年という年月は確かに長い。
でも、上達をつくるのは“年数”ではなく、“実際に手を動かした時間”なのだと、あらためて感じたのです。
長く続けることと、たくさんやることは少し違う
もちろん、20年間やめずに通い続けること自体は簡単ではありません。
忙しい中で教室に通い続けるだけでも、十分すごいことだと思います。
ただ、上達という点で考えると、そこには少し別の話があるのだと思います。
たとえば、週に一度だけ書く人と、毎日10分でも書く人。
どちらが字に触れている時間が長いかといえば、後者かもしれません。
書道は、頭で理解しただけではなかなか身につきません。
実際に筆を持って、書いて、失敗して、また書いて。
その繰り返しの中で、少しずつ線が変わり、形が整い、見る目も変わっていくものだと思います。
だから、教室で先生に教わる時間はもちろん大切ですが、それだけで急に大きく上達するわけではない。
むしろ、教室で気づいたことを家で少し試してみる、その積み重ねが大きいのだと思います。

もうひとつ印象に残った話
先生は、こんな話もしてくださいました。
先生のお知り合いに、刺繍作家の方がいらっしゃったそうです。
とても腕のある方だったそうですが、結婚を機に作家を引退されたとのこと。
その方は、それまで刺繍ひと筋でやってこられたため、包丁を持つことさえほとんどなかったそうです。
結婚して料理をするようになったものの、最初は料理本を見ながら、見よう見まね。
とても人に出せるような出来ではなかった、と。
けれど、料理は毎日のことです。
嫌でも台所に立つ。
毎日包丁を持つ。
毎日作る。
そして一年ほど経った頃、その方の家に遊びに行った先生は、まるで別人のように料理上手になっていたことに驚いたそうです。
この話も、私はとても印象に残りました。
特別な才能があったからではなく、毎日やる環境があった。
毎日手を動かしたから、自然と身についていった。
結局、人を育てるのは“年月”以上に、“実際にやった時間”なのだと思います。

上手い人は、最初から上手かったわけではない
この業界にいると、ときどき「やっぱり才能ですよね」と言われることがあります。
たしかに、最初からバランス感覚がいい人や、線に迷いが少ない人はいます。
でも、どれだけセンスがあっても、やはり書かなければ上手くはなりません。
私自身もそうです。
今でも週に一度、先生の教室に通っていますが、それだけで満足していたら、きっと思うようには伸びないはずです。
お稽古で教わったことをどう自分の中に落とし込むか。
次に行くまでの間に、どれだけ筆を持てるか。
そこが大事なのだと感じています。
うまくなりたいと思うなら、特別なことをしなければいけないわけではありません。
毎日長時間やる必要もないと思います。
でも、少しでもいいから、教室の外でも字と向き合う時間を持つこと。
そういう時間が、結局はいちばん大切なのだと感じます。
「たったこれだけ」ではなく、「これだけでも変わる」
先生の話を聞いて、私は厳しさよりも、むしろ希望を感じました。
なぜなら、上達が「才能」や「向き不向き」だけで決まるわけではないと分かるからです。
年数の長さに気後れしなくてもいい。
誰かと比較して、あきらめなくてもいい。
大切なのは、これまで何年やってきたかよりも、これからどれだけ手を動かすか。
そう思えるからです。
毎日10分でも、1週間続けば70分。
1か月なら約300分。
大きな変化には見えなくても、昨日より今日、今日より来月と、手は少しずつ変わっていきます。
昨日と今日では分からなくても、一か月後、半年後、一年後に振り返ったとき、
「あ、前より変わったな」
と感じる瞬間がきっと来る。
上達というのは、劇的に訪れるものではなく、ある日ふと振り返ったときに見えてくるものなのかもしれません。

書道に限らず、きっと何でも同じ
この先生のお話は、書道だけのことではない気がします。
料理もそう。
刺繍もそう。
楽器も、運動も、勉強も、仕事もそうかもしれません。
最初からうまくできる人はいない。
でも、やった時間はなくならない。
手を動かした分だけ、自分の中に少しずつ残っていく。
「何年やったか」より、「どれだけ向き合ったか」。
とてもシンプルな言葉ですが、だからこそ深いなと思います。
私もこの仕事を続ける中で、つい「まだまだだな」と思うことがあります。
でも、そんなときほど、特別なことを求めすぎず、まずは筆を持つこと。
ほんの少しでも書くこと。
それがいちばん大事なのだと、あらためて感じました。
上手くなりたいなら、焦らなくていい。
ただ、今日も少しやってみる。
その積み重ねが、いつの間にか自分を大きく変えてくれるのだと思います。
